【衝撃!?】厳島神社と神話の関係+邪馬台国の疑惑とは?∑(゚Д゚)

 

出雲大社広島分祠に参拝しました

 

先日、出雲大社広島分祠に行ってきました^ ^

出雲大社は2礼4拍手1礼なんですね。

 

 

なお、本家本元の、島根にある出雲大社は、古代ではこんな姿だったと言われているそうです(OvO)

 

神話と厳島神社の関係とは?(メルマガ引用)

 

で、本題ですが、今年、安芸国の名神大社三社※のうち、多家神社、速谷神社は行きました。

※安芸国の名神大社三社: 多家神社HPより

『平安時代になると、菅原道真が編し始めた「延喜式」(927年完成)に安芸国の名神大社三社の1つとして多家神社の名が記され、伊都岐島神社[厳島神社](いつきしまじんじゃ)、速谷神社とともに全国屈指の大社とあがめられた。』

 

ただ、厳島神社はコロナの影響もあり、まだ行けてません。。

先日、ちょうど厳島神社のことについてのメルマガを読み、興味深かったので共有します^ ^

 

╋━━メルマガ引用(抜粋)ここから━━╋

厳島神社の成り立ちは、
日本神話から続く壮大なものでした。

以下一部、厳島神社のホームページより引用

==

むかし、むかし、、、

イザナギから
3柱の神様が生まれました。

地上を治めるアマテラス。
海を治めるスサノオ。
夜の世界を治めるツクヨミ。

それぞれ役割を
全うするように命じられますが、

問題児のスサノオは
その役割を放棄します。

嫌だと泣き叫んで、
天地に甚大な被害をもたらしたので
スサノオは追放されてしまいます。

それからしばらく経って、
問題児のスサノオは改心して
アマテラスと仲直りの儀式をすることに。

スサノオとアマテラス、
それぞれが大事にしているものを
交換して、噛み砕き、

それを吹き出して
神様を生むという儀式です。

スサノオは自分が持っていた
「十握剣(とつかのつるぎ)」を
アマテラスに渡します。

アマテラスはそれを噛み砕き、
吹き出すと三柱の女神が生まれました。

(続く)

この時、
アマテラスが産んだ三柱の女神

その中の一柱が、
今も厳島神社に祀られる
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)でした。

そして、

市杵島姫命が
御鎮座される場所を探されるにあたり、

海水の差し引きする
とある場所を選んで御社殿を建てました。

それが、厳島神社でした。

推古天皇御即位の年である
西暦593年にできたそうです。

その後、
平清盛が厳島神社を篤く崇敬し、

西暦1168年に寝殿造の様式を
取り入れた御社殿に修造しました。
今の立派な赤いお社です。
綺麗で豪華になったので
後白河法皇や高倉上皇など、
多くの皇族・貴族が参詣するようになり、
宮島には都の文化がもたらされました。

また、
厳島神社に対する崇敬は、
平家から源氏の世になっても
変わることなく、

時代が移り、
室町時代の足利尊氏や義満、
戦国時代の大内家、毛利家
などからも崇拝されました。

松島・天橋立と並び
日本三景「安芸の宮島」として知られ、

西暦1996年には
ユネスコの世界文化遺産に登録され、
現在にいたります。

==

観光地として有名な厳島神社ですが、

日本三景だから。
ただ綺麗だから。
水の上にお社があって珍しいから。

有名になったのではなかったのですね。

このような歴史的背景が
あったことによって、
発展を遂げ、有名になったようです。

あなたが初詣で参拝した神社には
どんな神様がお祀りされていましたか?

その神様は、日本神話でどのような
役割を担っていましたか?

その神社にはどんな歴史がありましたか?

少し調べてみるだけで、
私のように、ただの初詣が
特別なものになるかもしれません。

ダイレクト出版 土田 涼太

╋━━抜粋ここまで━━╋

 

やはり神社は面白いです^ ^

 

邪馬台国はフィクション?∑(゚Д゚)

 

最後にびっくり情報を。

出雲大社、厳島神社はじめ、日本では、神話の時代から、歴史上の偉人もしくは悪人?でさえも、だいたい神社で祀られています。

小さいものも含めると、日本には20万〜30万もの神社があるそうです。

そう考えると、邪馬台国の卑弥呼は?という疑問が。。

そもそも邪馬台国自体フィクションではないかという面白い情報を最近読みました∑(゚Д゚)

 

卑弥呼はあまりにも有名であるのに、なぜ日本には卑弥呼神社がないのか?

卑弥呼がそこまで日本人に愛されていた、もしくは偉人なら、卑弥呼を祀る古い神社がたくさんあってもおかしくないのに、ない。

※一つ鹿児島にあるそうですが、恐らく観光のため?最近できたもののようです。

 

日本の古事記や日本書紀には出てこず、中国の魏志倭人伝にしか出てこない卑弥呼、邪馬台国の信ぴょう性は…という感じです。

なお、魏志倭人伝を書いた陳寿は日本に来た形跡が全くなく、想像(妄想?)で書いたのでは、とも。。

あと、卑(※いや)しいみこ、邪馬(※じゃま)な台国なんて、失礼過ぎでしょう。

 

邪馬台国、卑弥呼自体フィクションというのは極端で、賛否両論あると思いますし、怒られるかもしれません。。

 

ただ、神社という観点から日本の歴史をみると、また違った視点も知ることができて面白いです(OvO)

 

※参考

なぜ卑弥呼神社がないのか
日本のどこにも存在しない「邪馬台国」
東北大学名誉教授 田中英道

 

ではまた!

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