【日本人はどこから来たのか ※大陸ではない!?∑(゚Д゚)】

 

今日は日本人のルーツについて、また面白い情報を^ ^

 

写真(出典講座:日本人の起源by田中英道先生)の通り、

人類は、中国朝鮮よりも先に日本に来ているという説があります。なんと稲作も∑(゚Д゚)

 

東北大学名誉教授の田中先生のお話は、やはり斬新です。

2メルマガを続けて共有します。

※全部信じているわけではありませんが、一意見として面白いです。

 

*****引用ここから*****
From:田中英道

日本の文化について語るには、
その歴史的な積み重ねはもちろんのこと、

最初に自然環境の特殊性を
しっかり押さえておくことが重要です。

日本という国の輪郭、
文化の拠って立つ基盤には、
自然環境が大きく影響しているからです。

まず、何といっても日本は
島国であるということです。

有名な『文明の衝突』を著した
サミュエル・P・ハンチントンは、
日本を世界の八大文明の一つとし、

〝日本は孤立しており、
世界のいかなる他国とも文化的に
密接なつながりをもたない〟

と記しています。

しかし、日本はハンチントンのいうように、
決して〝孤立〟しているわけではありません。

ですから、実際に中国や朝鮮から
多くの人々が海を渡って日本にやってきました。

南方からもやってきました。
島伝いでやってくるという人たちもいました。

日本人の起源については、
いわゆる「南方説」というのもあるほどで、

太平洋岸の島々から
日本に渡ってきた人々もいました。

そもそも、人類はアフリカに誕生しました。

ですから、
人類がこの日本までやってくるには、

広大なユーラシア大陸を
横断してこなければなりませんでした。

ユーラシア大陸の東端に位置する日本は、
〝日の本〟の名前のとおり、
日出ずる処(太陽が昇る国)です。

先ほど日本は島国だといいましたが、
何が重要なのかというと、
大陸と適度な距離があるために、
簡単に攻められないということです。

船に乗ってこなくてはならないので、
侵略するのは容易ではない。

そういう利点があるのです。

他民族が日本に入ろうとしても、
日本海を渡ってこなくてはならない。

それには大変な努力や工夫が
必要になるわけです。

決して泳いで渡れるような距離ではないので、
最低でも、海を渡りきるだけの船を
つくらなければなりません。

こうしたことは、
たいしたことではないと
思うかもしれませんが、大事なことです。

いわば日本列島に住む人々の
〝ふるいがけ〟が行われていた
ということなのです。

少なくともそうした工夫の
できない人たちは、

日本には来ることができなくて、
そうした努力・工夫というか、才能というか、
組織力をもっていた人たちがやってきたのです。

これはただ偶然にやってきた
ということではありません。

日本人の優秀性というと何ですが、
少なくともそうした事情はあったのです。

それが長い間、
およそ一万年前に日本列島が大陸と離れた後は、
一貫してそういう日本の特殊性があったわけです。

しかも、その日本の風土は、
熱帯でも寒帯でもない、
ちょうどその中間に位置することから、

温帯を中心とした、比較的温暖で、
豊かな自然条件に恵まれていました。

ですから新天地をめざして、
長い間、歩いてきた人たちが、

船に乗って日本に渡ってきたときの
喜びようというものは
たいへん大きかったに違いありません。
**********

 

*****引用ここから②*****
from田中英道

今までの歴史観では、
中国や朝鮮から進んだ文化が

日本列島にもたらされ、
古代日本が発展したといわれてきましたが、

近年の研究で、実はそれが
ウソだということが判明し、

今までの通説が
大きく塗り替えられることになりました。

その例としてあげられるのが、
稲作です。

稲作は、紀元前5〜紀元前4世紀に、
中国の戦国時代の混乱のため、

大陸や朝鮮半島から日本に渡った人たちによっ
てもたらされたと考えられていました。

しかし、国立歴史民俗博物館研究グループの
調査によると、

北部九州から出土した32点の土器に
付着した炭化物を、

最新の放射性炭素年代という年代測定法で
分析した結果、

日本における水田耕作のはじまりが約500年早まり、
紀元前1000年ごろと推定されるようになっ
たのです。

つまり、縄文時代にすでに
稲作がはじまっており、

水田耕作が行われた弥生時代は
1000年以上続くことになります。

32点、まとめて測定され、
ばらつきが認められないとなると、
これは確かなことといわなければなりません。

いまでも文化の発生は、
常に大陸にあり、

日本は大陸からの
移入文化であるという先入観がありますが
決してそのようなことはありません。

金属器の文化についても
同様のことが言えます。

弥生文化のもっとも大きな特徴は、
鉄器や青銅器などの金属器の
使用であるといわれています。

とくに銅器はこの時代の象徴です。

朝鮮半島には青銅器の小さな鐘が
ありますが、

日本の銅鐸はそれよりもはるかに大型で、
祭器として使われていた点でも、
朝鮮半島のものとは異なる特徴をもっています。

その表面には絵画が描かれ、当時の生活を彷彿さ
せます。

さらに九州北部では
銅剣、銅矛、銅戈などの武器形祭器が使われました。

これらは実際の武器ではなく、
それが祭器であったところに
日本人特有の御霊信仰を感じることができます。

このことからも、
古代日本の文化は
大陸の文化とは似ても似付かないのです。

にも関わらず、残念なことに

これ以降の時代も、
古代日本は絶えず大陸ありきの歴史
だったかのように学校では教えられています。

・中国系・朝鮮系渡来人が
より硬質な土器の作り方を伝えた

・朝鮮からきた渡来人によって、
巨大な古墳を築く技術が伝わった

・遣隋使・遣唐使が
中国の進んだ文化を日本にもたらした

などなど、

なぜか大陸の文明の方が進んでいて、
日本の文明の方が遅れていたかのように
語られています。

私は、決してそのようなことはなかったと
この新講座〜葬られた古代外交史〜
ではっきりと伝えたいと思ってます。

紀元前1世紀の時代から、
聖徳太子の時代まで、

太古の昔から日本が、
自立した高度な文明国家を
作り上げていたということ、

そしてそんな日本に、
実は古代中国人が憧れていたことを
この講座で証明していきます。
**********

4 COMMENTS

ytaro

ティーさんこんばんは。ytaroです。
「出アフリカ民のうち、航行スキルと組織力を持った者だけが黄金の日本列島に辿り着けた」
新たな視点でした。

最近You Tubeでドハマリしている日本の歴史について、いい機なのでまとめてみました。

日本人のルーツは縄文人です(竹田恒泰)。

縄文人は海洋民族で、丸木船よりは葦船の利用が現実的で、葦船で日本列島はおろか海外との往来もあり、オセアニア文明圏を形成していた(縄文文明はそのひとつのグループ)。
なんならスメラミコトを称える風土がシュメール文明に影響した可能性も(小名木善行)。

ホモ・サピエンスと「人」の境を、「他の生物が成し得なかったことができるのが人」と定義すると、打製石器は猿でも使えるが、磨製石器は人固有で、その意味の人の出現は日本列島が圧倒的に早いそうです。

(打製石器は中国が早いそうですが、ネアンデルタール人のものだそうです)

このとき日本列島に暮らしていたのは縄文人です。
このあとに列島の外部から大量に人が流入し、縄文人を駆逐した事実はありません。(さもそう匂わせたい教科書は多めですが、それは無理です)日本人の殆どは縄文人の子孫です。

日本列島で磨製石器が早く生まれた理由は、日本列島がどの季節も食べ物に困りにくいからです。
世界一の急流の河川が海に豊富な養分を運ぶことと、二本の潮流が重なること(等。温暖湿潤な環境だったり、湾岸の入り組んだ地形だとか浅瀬が広いことなども重なります)のため、
日本近海が世界最高の海の幸の貯蔵庫であることは、現代において各国の海鮮料理(特に魚介の種類の数)と比べることでも見て取ることができます。

飢えないための「必死の労働」から開放された縄文人だからこそ、狩猟と採集に加えて調理や保存のための道具に対して創意工夫する時間を割くことができました。

じつは稲作が中国より大きく遅れたのも、そのためです。縄文人はわざわざ大量の農奴を使役して田畑の開発をしなくても豊かに暮らせたのです。
ただし、稲作の生産性の高さを無視することはできなくなり、シナの王朝交代に伴う亡命者などから学ぶことになりますが、ブログにあるとおり縄文晩期のことで、朝鮮よりはずっと先です。
(朝鮮人と縄文人の関係は、僕の中でまだ熟成中です。いつか機会あれば書きたい。)
効率的に田畑を耕せ、またより効率的に人を頃せる金属器の開発も、同様の理由で大陸が先駆けます。

ただし、大陸の人々が金属器を扱える火力を手にするまでは、生産性、技術力は日本の圧勝でした(その後は後手にまわる時期が続くことも確かですが)。
いわゆるヒミコが魏の皇帝に職人を贈って大喜びされたことからも、生産性はともかく技術力は列島に利があったと見れます。

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ティー

ytaroさん

わざわざコメントありがとうございますm(_ _)m
凄いまとめですね!!

大変参考になりました。
また何度も見返してみます^ ^

何にしても、縄文時代から高度な文明があった日本人が、

自らを卑下する必要は全くなければ、

外国のほうがなんでも優れているんだ(特に欧米)という変な外国信仰はもうしなくても良いと思います。

自国の素敵なところも、もう一つなところも、それも全部含めてご先祖様たちが培ってきてくれて今があるのですからね^ ^

せめて日本人なら、日本の歴史を大事にしないとと思います。

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澄慧

こんばんは🌟
日本の歴史を知る事って大切ですよね!日本の技術力や生産力はトップで世界で高評価でありました。海外に住んでいると日本への憧れや尊敬の念を持つ外国人と沢山出会います。すごい国だよね、と。ティーさんの文章拝見して、日本人であることに誇りを持つためにも、自国を知っている事って大切であると再確認できました♪

返信する
ティー

澄慧さん

わざわざコメントありがとうございます✨^ ^
そうですか、実際海外に住んでおられる方の実体験は非常に参考になります。歴史には色んな見方がありますが、それも引っくるめて産まれた国を大事にしたいですね♪

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